《ミラージュ・ラインズ》は「Baroque to the future」という企画のために、バロック音楽をテーマとして作曲された。バッハの無伴奏曲から着想を得ながら、トランペットという旋律楽器の書法を今一度見つめる機会とした。

　チェロ組曲などのバッハのソロ作品では、複数の声部が存在するかのような書法が取られるなど、旋律楽器のソロでありながらも立体的であり、また、作品の冒頭数小節で芽吹いた要素が成長し、根や葉のような部分へと育っていく有機的なプロセスによって、非常に豊かな構造が作られている。

　作曲中に上記のようなバッハの音楽を参照しつつ、旋律楽器による書法について考えを巡らしたこと、さらにはそこに弦楽器による複数の「線」が対置されることから、タイトルには「ラインズ」という単語を含めた。同時に、この作品では様々な奏法により、音色的、音響的なアプローチが行われている。とりわけ、作品全体を通して多用される特殊なトリルのヴァリエーションや音の揺れから、「ミラージュ」という単語を用いることにした。そのような方法により、音に儚さや不確かさを宿命づけることで、バッハの音楽から得た生命感を、逆の方向から輝かせようとした。

　《ミラージュ・ラインズ》は三つの楽章から構成される。
　一楽章では旋律的な振る舞いによって始められるトランペットの要素が、次第に弦楽器へとエネルギーを伝えてゆく。全楽器で飽和した音響を形作った後に、トランペットの跳躍音形によって二つの線が描かれるコーダで音楽が閉じられる。

　二楽章の前半において、トランペットはどちらかというとアンサンブルの一部を成す存在として扱われる。この楽章全体を通じて、グリッサンドを与えられた浮遊感のある持続音が用いられており、それらが折り重なるときに生じる「うなり」が次第に増幅されてゆく。コーダでは声が付加されることで「うなり」がトランペットへと宿る。

　三楽章ではパルスによる律動的なセクションと、テンポ感のないセクションが対置されている。トランペットが演奏する複雑なステップのような動きから次第に音階が紡がれ、嵐のような音響へと至る。